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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和54年(わ)140号 判決 1981年3月30日

主文

被告人Aを罰金二〇万円に処する。

被告人Aにおいて右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、その二分の一を被告人Aの負担とする。

被告人Bは無罪。

理由

(被告人Aの罪となる事実)

被告人Aは、苫小牧市内において土木工事請負業を営み、昭和五四年四月二二日施行された苫小牧市議会議員選挙の立候補予定者D後援会会員として、同後援会事務所のあった苫小牧市《番地省略》所在の空地(E所有。東西五五・一メートル、南北四九・六メートル。)の東南隅に建てられたプレハブ造り二階建事務所に出入りしていたものであるが、昭和五四年四月五日、右事務所に赴いた際、右突地は雪融け水により水溜りができあるいはぬかるみになった状態であったため、被告人Aもかねて仕事上の付き合いのあったFが、同空地に乾いた土を入れる整地作業を行わせているのを偶々認め、自らもこれの手助けすることを意図し、同日午後二時三〇分過ぎころ、右水溜りの水を排水するため、地中に水を浸透させるいわゆる水抜き穴を掘削することを企て、折柄右整地作業のため同所に来合わせた掘削機(バケットを持ったもの)の運転手Cに指図して、同人の運転する右掘削機でもって、右空地内の前記事務所西側から西へ一・三メートル、南側道路から北へ八・一メートルの地点に、縦横約一メートル、深さ約〇・五メートルほどの穴を掘らせたが、続いて、右穴を掘り終ったCから「あとどうする。」と尋ねられるや、「水溜りの方をやった方がよいのではないか。」旨答えて、右Cにもう一つの穴を掘ることを指示し、その指示を受けたCにおいて、右空地内の前記事務所西側から西へ一五・二メートル、南側道路から北へ一六・五メートルの地点に、縦二・三メートル、横一・四メートル、深さ一・二メートルの穴を掘削機で掘ったが、右空地は、付近の住民が自由に通行し、あるいは児童らが好んで遊戯するなどし易い場所であり、そのうえ、右の後に掘削した穴は、水溜りの中に掘ったのでたちまち水の中に没してその存在が全く認識できない状態になり、そのため右の通行人や児童らが誤って同穴に転落する危険があったから、このような場合、前記のごとくCを指示して同穴を掘らせた被告人Aとしては、Cと並んで、同穴の周囲に防護柵を設けるかあるいは監視人を置くなどにより、人が同穴へ転落するのを防止する措置を講じ、もって転落による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、何らの転落防止の措置を講ぜず漫然掘削したまま放置した重大な過失により、同日午後四時ころ、右空地を通りかかった付近に住むG子(当時七年)及びH(当時五年)の姉弟を同穴に誤って転落させ、よって右両名をその場でその頃溺死させたものである。

(証拠の標目)《省略》

(当裁判所の判断の理由)

被告人A、同Bに対する本件公訴事実は、

「被告人両名は、苫小牧市《番地省略》所在のD後援会事務所に、ともに同後援会関係者として出入りしていたものであるが、昭和五四年四月五日午後二時三〇分ころ、同後援会事務所横空地が折柄の融雪水により多数の水溜りが出来ていたので、地下浸透用の水抜き穴を掘削して排水しようと協議したうえ、同所に折柄来合わせた掘削機の運転手Cをして同地内の水溜りの中に、幅約一・四メートル、奥行き約二・四メートル、深さ約一・二メートルの穴を掘削させたが、同所は付近の住民が自由に通行し、また雪山や水溜りがあって、児童らが好んで遊戯し易い場所であったうえに、右掘削した穴は、泥水のため水没していて穴の存在が外見では全く認識できない状態にあって、通行人や児童らが誤って右の穴に転落する危険があったから、このような場合、被告人らとしては、直ちに右の穴の周囲に防護柵を設け、危険を示す標識を立てるか監視人をおくなどして右の穴の付近への一般人の立ち入りを防止する措置を講じ、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、被告人ら両名は、ともにこれを怠り、単に右の穴周辺の水溜りの中にビール入れ箱一個ずつを三か所に被告人らの目印程度に配置したのみで、何らの防護柵も危険標識も設けず、かつ監視人もおかないまま、漫然放置していた重大な共同の過失により、同日午後四時ころ、同空地を通りかかった付近の住民で右穴の存在を知らないG子(当時七年)及びH(当時五年)を右穴に誤って転落、水没させ、よって右両名をしてその場で溺死させたものである。

というものであるが、これに対し、被告人両名及びその弁護人は、被告人両名には公訴事実にあるような注意義務はないなどの理由から無罪である旨主張し、当裁判所は、結局、被告人Aについては前判示罪となる事実を認定してこれを有罪とし、被告人Bについてはこれを無罪としたのであるが、以下においてその理由を説明する。

第一  証拠の標目に掲げた各証拠を総合すると、以下次の事実が認められる。

一  本件児童二名が死亡した穴の存在した空地は、苫小牧市《番地省略》に所在し、Eが所有する東西五五・一メートル、南北四九・六メートルの空地(以下「本件空地」という。)であり、その南側は幅員約二〇メートルの市道(通称「三条通り」)に面し、それを隔てたところには郵便局、一般住宅が存し、西側は幅員約一四・五メートルの市道に面し、それを隔てたところにはスーパーマーケットが存在し、北側は幅員約六メートルの市道に面し、それを隔てて医院やアパート等一般住宅が存在し、本件空地東側は南寄りに薬局店舗が存し、北寄りの部分には空地が広がり続いている。本件空地が存在する地域一帯は、一般住宅が多く建ち並ぶ住宅地域であり、東方二、三〇〇メートルのところには五ないし一四階建の高層住宅が建ち並び、また西方約二〇〇メートルのところには小学校が存在し、前記三条通りはその両側に商店が並び、バスが走り、通行人、車両の往来がひん繁である。本件空地はほぼ長方形の平たんな空地で、その周囲には塀や柵などの設置は全くなく、人及び車両が自由に出入りでき、特に、近くに前記スーパーマーケット、小学校があるため、本件空地を横断通行する人の存在が十分考えられる状況にあり、また西側右スーパーマーケットに面した部分あるいは次に述べる後援会事務所周辺は、それらに車で出入りする人達の駐車場所として利用されていた。

昭和五四年四月五日当時本件空地の東南隅には、東西五・四メートル、南北九メートルのプレハブ造りの二階建建物が存在し、同建物は、苫小牧市議会議員選挙立候補予定者のDが、所有者Eから本件空地の一部を借り、D後援会事務所用として建てたもので(以下「後援会事務所」という。)、一階が右後援会の事務室として、二階一部が休憩室として使われ、また二階一部は株式会社Iの仮事務所として使われており、被告人A及び同Bは、右D後援会々員として、そのころ毎日のように後援会事務所に出入りしていた。

また右当日、数日前苫小牧地方に降った雪が、車両が乗入れるなどした部分等を除き本件空地上に残っており、さらに、本件空地内の後援会事務所西側から西へ約一〇メートル、南側三条通りから北へ約一六メートルの付近から北側へ向って、雪がかき集められた高さ約二メートルほどの雪山が連なり、同雪山西側には雪融け水による水溜りが広範囲にわたって広がっており、その深さは短靴では到底歩行不可能なほどであって相当深いところもあり、同じく同雪山東側にも雪融け水による水溜りができていた。

二  昭和五四年四月五日(以下における時間の表示は、同日の時間を指す。)午前一一時ころから、本件空地の南側三条通りを隔てた苫小牧市《番地省略》所在の敷地内において、株式会社Iの事務所兼同会社代表取締役F宅の新築工事のための地鎮祭が行われ、被告人Aも、午前一〇時過ぎころ自宅を出て一たん後援会事務所に寄った後、右地鎮祭に出席した。地鎮祭が終った直後その場で、右Fは、以前から本件空地内の後援会事務所周辺に土を運んでくれるよう頼んであったところから、株式会社J興業のJに対し、右工事現場敷地の土を運び、本件空地内の後援会事務所西側付近に敷いてくれるよう頼み、Jはこれを引き受けて、J興業の従業員であるCに、同会社のユンボ(バケットを持った掘削機)を持って行って、運ばれた土を均すなりFに聞いて作業をしてくれと指図し、また、同じく従業員であるKに、ダンプで本件空地まで行き、Fに聞いて作業をしてくれと指図した。指図を受けたCは、ユンボを運転して本件空地に向かい、午前一一時半ころ本件空地に到着し、ユンボでもって本件空地の後援会事務所西側一帯に降り積った雪をかき集めて除く作業をした。そのころ同所付近に子供が二人ほどいた。

三  本件空地の後援会事務所西側付近には雪融け水が溜っていたため、土を入れて整地をするに当り、溜った水を排水するため地中に水を吸い込ませるいわゆる水抜き穴を掘るべく、Fは、Cに指示し、Cの運転するユンボのバケットでもって、本件空地内の後援会事務所北西角から西へ九・二メートル、北へ四・二メートルの地点に、縦一・二メートル、横〇・八メートル、深さ一・三メートルの穴(以下「第一の穴」という。)を掘らせ、引続いて、Fはスコップでもってその穴の周囲に溝をつくり穴に水が流れ込むようにし、ユンボはF宅新築工事現場へ移動した。その後、前記Kの運転するダンプが本件空地に来て、運んできた砂を後援会事務所西側付近に降ろすとF宅新築工事現場へ行き、同現場から本件空地へ数回にわたって土を運ぶ作業をした。

四  地鎮祭から後援会事務所へ一たん戻った被告人Aは、前記ユンボが到着したころ後援会活動のため出掛け、午後一時ころ後援会事務所に戻った。戻ると同被告人は、後援会事務所一階で昼食を取り、その後二階休憩室に上って休み、午後二時半ころ、同被告人は、長靴をはきスコップを手にして後援会事務所を出、水溜りの水が流れ込むよう第一の穴の周囲に溝をつけることを始めた。

五  一方被告人Bは、自宅を午後一時過ぎころ出、一時半ころ後援会事務所に到着して二階へ上り休憩室に入った。その後同被告人は、階下の後援会事務室に降りたが、被告人Aが第一の穴の周囲に溝をつける作業をしているのに気付き、自分も手伝うためその場に行き、はいていた長靴の踵で溝をつけたりした。

六  被告人A、同Bの両名が第一の穴の周囲に溝をつけていると、その間にダンプカーがF宅新築工事現場から土を運んで来て本件空地に降ろしていたが、まもなく本件空地南側三条通りにF宅新築工事現場の方からユンボが現われ、それに気付いた被告人Aは、道路を横断するのに手で誘導し、ユンボを本件空地に導いた。本件空地に入って来て止まったユンボの運転手前記Cに対し、被告人Aは、水溜りの水を排水するにはいわゆる水抜き穴を掘るのがよいと考え、ユンボの前に立ち、自分の立っている足下を手で指差し、「ここを掘ってくれ」という趣旨の合図をした。それを了解したユンボの運転手Cは、本件空地の後援会事務所西側から一・三メートル、南側三条通りから八・一メートルのところに、縦横約一メートル、深さ約五〇センチほどの穴(以下「第二の穴」という。)をユンボのバケットでもって掘った。その際被告人Aは、その穴掘り作業を見ていて、ある程度掘られた段階で手を上げ交差させて、「もう掘らなくてもよい」という趣旨の合図をした。また被告人Bは、傍で右の穴掘り作業を見ていた。第二の穴を掘り終った後ユンボは西側へ五、六メートル移動し、被告人Aは、スコップで第二の穴の周囲に溝を掘って、溜っている水が穴に流れ込むようにし、被告人Bも長靴の踵で溝をつけた。

七  ユンボの運転手Cは、第二の穴を掘り終った後西側へユンボを移動させ、作業は一応終ったものと考えてユンボのバケットを折り畳んで運転席から降り、被告人両名のところに近づき、「あとどうする。」旨尋ねた。これに対し、被告人Aは、「水溜りの方をやった方がよいのではないか。」と答えた。これを受けてCはユンボに戻ったが、被告人Aは、引き続いて被告人Bに対し「Bさん、教えてやってくれ。」旨言ったので、これを聞いた被告人Bは、本件空地内の前記雪山西側付近の水溜りの方へ向った。Cは、被告人Aの前記返事を聞いてさらに水抜き穴を掘るべく、本件空地内の前記雪山西側の水溜り近くにユンボを移動させ、被告人Bが近づいて来る前に雪をかき上げ始めたが、近づいて来た同被告人がユンボ前方のバケット近くに立ち止まったので、それを見て、Cは、同被告人から言葉や動作で掘るようにとの指示はなかったものの、その場に穴を掘ればよいものと判断し、本件空地内の右雪山西側の水溜りの中、南側三条通りから北へ一六・五メートル、後援会事務所西側から西へ一五・二メートルの地点に、ユンボのバケットで縦二・三七メートル、横一・四メートル、深さ一・二メートルの穴(以下「第三の穴」という。)を掘り、被告人Bはその作業を側で見ていた。第三の穴には水溜りの水が流れ込みたちまちあふれて、同穴は水没し、その周縁も分らない状態となった。第三の穴が掘り終ったころ被告人Aは同穴に近寄り、穴が既に水没していたところから「どこに掘ったの。」と聞き、手にしていたスコップを第三の穴があると思われる個所に入れてみたところ、スコップの握り部分近くまで没し、それでも穴の底まで届かなかったため、思わず「深いなあ。」と漏らし、続いて「バリケードでもあればよいなあ。」と言った。しかし、周辺にはバリケード代りになるようなものも無かったことから、被告人Aは、Cに対し「水引いたら埋めてくれよ。」と言い、これに対しCは、「なかなか水引かないよ。」と答えたが、同被告人は、水が引くのにそれ程時間が掛からないものと考え、「前の穴はすぐ引いたから大丈夫だ。」旨言って、その後第二の穴のところへ戻り水が流れ込むよう溝をつけることを続けた。被告人Bは、被告人AとCとの右のようなやり取りを聞いて、バリケードやそれに代るものを捜しに後援会事務所へ行き、偶々同事務所西側の壁際に赤いプラスチック製のビール箱が積んであったことからそれを利用しようと思い、そのうちから三箱を手に持ち、第三の穴のところに戻り、駐車のため本件空地に入ってくる車の運転手の注意を引く目印になればと考え、それらを第三の穴の周囲に置いた。その時第三の穴はまだ水没したままで、穴の存在や位置は全く分らない状態であった。被告人Aは、被告人Bが右のようにビール箱を置いているのを見て、第三の穴に近づきその一つを置き直すなどした。そうしていたところ、道議会議員選挙立候補者の選挙車が来たり、後援会事務所前に止まったため、被告人Aはその車のもとに行き、立候補者と握手し、被告人Bも被告人Aに続いて選挙車のもとに行き、同じく立候補者と握手をした。その後被告人両名は第三の穴のところに戻らず、一たん後援会事務所に入り、そのまま午後三時ころ同事務所から後援会活動のため出掛けた。一方、ユンボの運転手Cは、被告人両名が第三の穴から離れるとまもなく、ユンボを運転してF宅新築工事現場へ行き、整地作業を終えた後J興業の会社事務所へ戻った。

八  G子(昭和四六年一二月二二日生)、同H(昭和四八年八月一五日生)の姉弟の住居は、本件空地の東側約三〇〇メートルの距離のところにあり、右の二人は、午後〇時四〇分ころ自宅を出て、三条通りを本件空地から西へ約三〇〇メートルほど進んだところにある橋を渡った川向こうにあるG子の友達の家へ遊びに行った。午後三時半過ぎころ、二人の母親L子は、急用で出掛ける必要ができたため、右友達の家へ電話をし、二人を直ぐ帰してくれるよう頼んだ。まもなく二人は友達の家を出た。

九  午後四時過ぎころ、後援会事務所に居たMが、本件空地内の前記雪山西側の水溜りの中にビール箱が置いてあるのに気付き、それを片付けようとして、前記G子が第三の穴で死亡しているのを発見し、さらにMと同じく後援会事務所に居たN子が右G子を水から引き上げようとした際、前記Hも同穴で死亡しているのが発見された。二人とも第三の穴で溺死したものであった。右発見当時も、第三の穴は辺り一帯が水溜りとなってその中に没しており、その存在は分らない状態であった。

第二  右の認定できる事実を前提に、両被告人の刑事責任を検討することとなるが、本件二人の子供の死亡事故が発生した第三の穴の掘削にかかわった者として、ユンボの運転手Cと被告人両名がおり、一応この三名の刑事責任が考えられ、右Cについては、起訴されていないものの、被告人両名に対する本件審理の過程で、その刑事責任の有無に関して検察官、弁護人双方の間で争われ、当裁判所としても、同人の刑事責任の有無が被告人両名の刑事責任を考えるうえで影響すると思料するので、右Cを含めた三名の刑事責任について、以下順次考察する。

一  そこでまず第三の穴を実際に掘ったCについてであるが、同人が第三の穴を掘るに至った経過及びその後の同人の行動は、先に認定したとおりであり、なるほど、第一、第二の穴についても然りであるが、第三の穴も自らの発意で掘ったものではなく、後述もするように被告人Aの指示によったものであるとはいえ、その指示は、穴を掘るべきか否かといういわば基本的な事項について指図を与えたものであって、内容的に一部始終細部にわたりあるいはその程度が強いものであるなど自己の裁量判断が入る余地がないようなものでもなく、被告人Aにおいて転落防止のための事後の措置をも含めて全責任を引受けるとの意思表示が含まれたものとも認められないのである。そして、本件第三の穴の掘削作業が、組織的にしかもその間の役割分担が明確に決められて行われたようなものではなく、C自身も職業としてユンボを運転する者であり、さらに、本件の場合転落防止のため要求される措置が、ことさら指示者の指示を仰ぐこともなく自らの判断と意思で十分なしうるものである。してみると、Cは、自らの判断も働かせて実際に第三の穴を掘りしかもその危険性を認識していた者として、慣習上あるいは条理上当該穴へ人が転落するのを防止するための措置を講ずべき義務がある、といわねばならない。

二  被告人Aが第三の穴にかかわるに至ったのは、先に認定したとおりであり、それは、Fの依頼やその指示によるものではなく、あるいは工事の注文者、請負者としてでもなく、自発的な好意ないしは善意からによるものであり、したがって、本件において同被告人の過失責任が問題とされる場合、その前提としての注意義務としては、法令上あるいは契約上のものは考えられず、条理上のものが問題になり、この条理上の注意義務の有無を考えるには、その前提として、被告人Aが第三の穴についてどの程度関与したか、言い換えれば、条理上の注意義務を負わせ得るだけの関与をしているかどうか見る必要がある。

そこで、Cが第三の穴を掘るに至る経過及びその過程において被告人Aが行った行動は、先に認定したとおりであり、同被告人は、自らの発意の下に第二の穴をCに指図して掘らせた後、それを掘り終ったCに「あとどうする。」と聞かれるや、「水溜りの方をやった方がよいのではないか。」と答え、続いて被告人Bに「Bさん、教えてやってくれ。」と言い、第三の穴が掘られると自らそれに近づき、スコップでその位置、深さを試したうえ、「バリケードでもあればよいなあ。」と言い、さらにCに「水引いたら埋めてくれよ。」などと話しているのであって、被告人Aのこうした一連の行為からするならば、そもそもの動機は好意あるいは善意によるものとはいえ、同被告人は、Cにもう一つの穴を掘らせる積りで、同人に指示して第三の穴を掘らせたものと認めることができ、Cが第三の穴を掘るについて単に助言を与えたというにとどまらず、同被告人の指示があればこそ第三の穴が掘られたのであって、より積極的で大きな関与をしているといえる。してみると、被告人Aは、第三の穴の掘削に関して重要な役割を果し、実際同穴を掘ったCと並び評価できる大きな関与をしているのであって、そのような関与をした者としては、たとえその動機が好意にあるとしても、条理上、その関与の結果に危険が予想されるときはその危険の発生を未然に防止すべき義務を負うものといわざるを得ない。したがって、被告人Aは、自ら指示して掘らせた第三の穴について、実際に同穴を掘ったCと並んで、人がそれに転落するのを防止するために必要な措置を講ずべき注意義務があると認めることができ、これが怠った者として過失責任が問われることとなる。

三  次に被告人Bについてであるが、同被告人の場合も、法令上の注意義務や契約上の注意義務は考えられず、やはり条理上の注意義務が問題となる。そこで検討するに、被告人Bが第三の穴が掘削されるまでになした行為は先に認定のとおりであり、同被告人は、第一の穴、第二の穴に関しては、いずれも掘られたところにはいていた長靴で溝つけをしたというに過ぎなく、掘ること自体について特に積極的な行為をなしてはおらず、第三の穴に関しては、被告人AがCに対して前判示のごとく答えた後「Bさん、教えてやってくれ。」と言ったのを受けて、前記雪山西側の水溜りのところへ赴き、Cがユンボのバケットで右水溜りの中に第三の穴を掘るのを見ており、その際言葉や動作で特にCに指示するということはなかった(Cは、検察官に対する昭和五四年四月二九日付供述調書で、「Bさんがやって来て、……一番水が濁っている所をながめていたので、『そこを掘れ』ということだろうと思って」と述べているが、それはCの主観的な解釈にしか過ぎず、そのときの被告人Bの態度が客観的にも指示といえるものであったかどうかは別であり、ましてやCの右供述から、当時の被告人Bの内心の意思を推測することもできない。)のである。なるほど、被告人Bが第三の穴が掘られた水溜りの方へ赴いたということは、同被告人には被告人Aの意を受けてCに掘る場所を教える意思があったものと推定されるが、その意思をどのようなものと見なすことができるかなお考察するに、場所の教示ということが、現にそれがなくてもCは第三の穴を掘っているように、Cが第三の穴を掘削するについて大きな役目を果す重要な要素にはなっておらず、また、右意思に想づく積極的な明白な言動がその後においてなされていないことからすると、被告人Bには、自らにおいてもCに指示して穴を掘らせようとの積極的な意思があったとまではいまだ認めることはできず、せいぜい被告人Aの意図を補助してやろうとの幇助的な意思を推定することができるに過ぎない。してみると、被告人Bは、第三の穴の掘削に関して、客観的な外形的な行為の面からも、Cを指示して右穴を掘らせたと認めることができず、主観的な意思の面からしても、Cを指示して掘らせようとの意思があったと認めることができず、いわば単に被告人Aの行為を補助する程度の行為をしたと認められるに過ぎない。そして、このような者にまで、実際に穴を掘ったCやあるいはその掘るについて指示を与えた被告人Aと並んで、それと同等の第三の穴について転落防止のため必要な措置を講ずべき注意義務を負わせることはできないといわねばならない。

また第三の穴が掘られた後の被告人Bの行為が、注意義務(第三の穴について転落防止のため必要な措置を講ずべき内容のものを指す。以下同じ。)を負わせるに足るものかどうかみるに、右掘削後の被告人Bの行為は先に認定のとおりであり、被告人Aが「バリケードでもあればよいなあ。」と言うのを聞いて、プラスチック製のビール箱を持ってきて第三の穴の周囲に置いたというものであるが、この段階では被告人A、Cともにまだ第三の穴の周辺に居たことであり、右をもってしては、被告人Bが掘られた第三の穴の管理(ここでは危険防止事務といってよい。)について自ら引き受けたとみることはできず、ただ単に被告人AないしはCの果すべき注意義務の履行を補助する積りの行動をしたに過ぎないといえるのであって、被告人AないしはCの本来果すべき注意義務と同等の注意義務を負わせ得るだけの行為はないといわざるを得ない。さらにまた、被告人Bの行為を第三の穴の掘削に至るまでとその後とに分断することなく、全体として評価して注意義務の有無を決すべきであるという考え方に立ったとしても、やはり被告人Bにはいまだ注意義務を負わせるに至らないといわざるを得ない。

なお、検察官は、被告人Bと同Aとの「協議」ということをるゝ主張し、被告人Bに注意義務があることを強調するが、なるほど被告人Bと同Aとの間に意思の疎通ないしは意思の伝達があったことは認められるが、問題はその場合の被告人Bの意思の内容であり且つその発動としての行為であり、被告人Bに対し、被告人Aと競合する単独の過失犯を認めるにはもちろん、被告人Aとの過失犯の共同正犯を認めるには、被告人Bに、自らにおいてもCに指示して第三の穴を掘らせようと企図する意思が認められ、且つそうした意思の発動とみられる行為が認められねばならないところ、前述のとおり、被告人Bには、外形的な行動としては被告人Aを援助する行為が認められるに過ぎず、主観的な意思としても幇助的な意思が推定されるに過ぎないから、被告人Aと意思の疎通があったとしても、同被告人と並ぶ注意義務を負わせることはできない。

第三  なお、弁護人は、被告人らには予見可能性がなかった旨主張するが、先に認定した本件空地の存在場所、周囲の状況、第三の穴の状態などを考慮するならば、付近住民等が本件空地を通行しあるいは児童が本件空地内で遊ぶなどすること、したがってまた人が第三の穴に転落する危険があったことは、本件事故発生当時の状況のもとでは、いずれも一般人の注意力をもってすれば予見可能であったと認められ、また、被告人Aにおいて当時前記のごとき注意義務を尽すことを期待することが困難であったり、あるいはさらに、Cが右の転落防止のための措置を講ずることを信頼し期待することが許される状況にあったとは認められなく、弁護人の右主張を採ることはできない。

第四  以上検討したとおり、被告人Aについては、Cを指示して第三の穴を掘らせた者として人が同穴へ転落するのを防止するため必要な措置を講ずべき義務が認められ、結局前判示罪となる事実が認定できる。しかし、被告人Bについては、取調べた証拠によれば、第三の穴の掘削ないしはその後の管理に関しては幇助的役割を果したに過ぎないとしか認定できず、被告人Aと同様右のような注意義務を負担するものとは認めることができず、結局同被告人に対する公訴事実については犯罪の証明がないことになる。

(法令の適用)

被告人Aの判示罪となる事実記載のG子、Hの両名に対する各所為はいずれも刑法二一一条後段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重いG子に対する罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で同被告人を罰金二〇万円に処し、その罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを二分しその一を同被告人に負担させることとし、被告人Bに関しては、犯罪の証明がないことになるので刑事訴訟法三三六条により同被告人に対し無罪の言渡しをする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 青木正良 榎本巧)

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